東京地方裁判所 平成2年(行ウ)210号 判決 1993年9月06日
原告 佐藤正雄
被告 新宿税務署長
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対し、
(一) 平成元年三月一〇日付けでした昭和六〇年分ないし昭和六二年分の各所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定、
(二) 平成元年四月一二日付けでした昭和六三年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定(ただし、平成元年六月二七日付減額更正後のもの)
をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和六〇年ないし六三年(以下「係争年」という)分の所得税につき、申告期限までに、別表1の1欄及び2欄に記載のとおり確定申告をした。被告は、原告に対し、平成元年三月一〇日付けで原告の昭和六〇年ないし六二年分の各所得税につき、平成元年四月一二日付けで原告の昭和六三年分の所得税につき、所得額及び納付すべき所得税額を同表3欄及び4欄に記載のとおりとする旨の更正(以下「本件更正」という)をし、同表5欄に記載のとおり過少申告加算税賦課決定(以下、本件更正とあわせて「本件処分」という)をした。
なお、昭和六三年分の所得税に関する本件処分は、減額更正を経てその一部が取り消されている。
2 しかしながら、本件更正は、原告の所得を過大に認定した違法なものであるから、原告は、本件処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1の事実は認めるが、同2は争う。
三 抗弁(本件処分の適法性)
1 原告は、昭和二〇年九月に東京工業大学を卒業後、同大学の助手、助教授、教授となり、昭和五八年三月に同大学教授を退官したものである。原告の家族は、別紙家族関係図記載のとおりである(以下、原告の家族を名前のみにより「トシ」などという)。
2 原告の係争年分の所得金額
(一) 原告の係争年分の所得金額は、別表1の6の「本訴における被告主張の原告の所得」欄に記載のとおりであって、いずれも本件更正において認定された所得金額を上まわる。その内訳は、配当所得、給与所得、不動産所得又は雑所得であって、その額は、それぞれ同表の6の<1>ないし<3>の該当欄及び<4>の「雑所得」欄に記載のとおりである。
右の雑所得のうち公的年金の額は、同表の6の<4>ア欄に記載のとおりである。
右の雑所得のうちの株式の売却による所得に関し、係争年の信用取引による株式売却の収入金額は、同表の6の<4>イ「収入金額」欄に記載のとおりであり、その取得原価及び経費は、同表の6の<4>イ「取得原価及び経費」欄に記載のとおりであって、係争年に原告が信用取引による株式売却で得た利益は、右の収入金額から取得原価及び経費を控除した額で、同表の6の<4>イ「信用取引に係る株式売却益」欄に記載のとおりである。なお、原告は、右信用取引の大部分を、山和証券株式会社大岡山営業所(以下「山和証券」という)に開設された妻トシ名義の取引口座を使用して行っていた。
右の雑所得のうちの株式の売却による所得に関し、係争年の現物取引による株式売却の収入金額は、同表の6の<4>ウ「収入金額」欄に、その取得原価は、同表の6の<4>ウ「取得原価」欄にそれぞれ記載のとおりであり、その明細は別表2に記載のとおりであって、係争年に原告が現物取引による株式売却で得た利益は、右収入金額から取得原価を控除した額で、別表1の6の<4>ウ「現物取引に係る株式売却益」欄に記載のとおりである。
(二) 右のうち取得原価について、所得税法施行令一一八条は、現物取引による株式の譲渡所得が、二回以上にわたって取得した同一銘柄の有価証券を譲渡したことによって生じた場合には、同令一〇五条一項一号に掲げる総平均法に準ずる方法によって算出することと規定されている。総平均法は、ある銘柄の株式の売却までに取得された当該銘柄の取得原価総額を取得株式総数で除した数値を、一株当たりの取得原価(以下「平均原価」という)とするものである。保有株式全部を一度にではなく多数回にわたり分割して売却した場合で、かつ、売却と売却の間に当該銘柄の買入れがある場合には、第一回目売却後に残存する株式数にその平均原価を乗じた額とその後第二回目売却までに取得した株式の購入代金総額との合計額を、第二回目売却時の当該銘柄の保有株式総数で除した数値が、第二回目売却時における平均原価となり、第三回目売却以降も同様にして平均原価を算出する。
本件更正における株式の現物取引による譲渡所得の算定は、係争年分の現物取引による株式の売却収入金額から、総平均法により算出された各銘柄ごとの取得原価を控除することによって行われたものである。
3 本件の株式の現物取引による所得金額の認定経過
右所得金額の算出のために、被告は、山和証券の顧客勘定元帳(乙第一一号証の一ないし三)及び新日本証券株式会社亀戸支店(以下「新日本証券」という)の顧客勘定元帳(乙第二五号証の一、二)の記載によって、各銘柄ごとにその購入された金額及び売却された金額を認定し、これを各銘柄ごとに整理して乙一九号証(株式取引の明細書その一)を作成し、次いで、前記総平均法により、各銘柄ごとに売却の都度の売却株式の取得原価を算定し、これによって売却損益を算定して、その結果を乙第二〇号証(株式取引の明細書その二)に記載した。右のとおりの株式の各銘柄ごとの売却損益の算出経過を示す書証及びその該当部分は、別表4に記載のとおりである。例えば、日本鋼管については、同表「証券会社の顧客勘定元帳の別」欄に記載の山和証券の顧客勘定元帳(乙第一一号証の一ないし三)の記載によって同表「株式取引の明細書その1、その2(被告作成の株式売買経過及び売却損益の算定に関する明細書)のページ数」欄に記載の乙第一九号証及び乙第二〇号証の各一ないし三ページを作成した。以下同様である。
ただし、同表「顧客勘定元帳に記載されていない株式の移動に関する書証」欄に記載のある銘柄については、右顧客勘定元帳に記載のある株式の購入及び売却の他に、原告が増資による有償又は無償による株式の割当て(名義は、原告、トシ、玲子、真理子、京次、俊正、正人のいずれかによる)を受けており、その一部又は全部について買取請求を行いこれを譲渡するという取引をしているので、これら銘柄については、同表の同欄に記載の書証により、右の元帳記載以外の取引を認定したうえで、株式の現物取引の所得金額を認定した。
4 本件の株式の現物取引による所得金額や取得価額の算定
総平均法により株式の取得原価を算定するためには、売却直前の保有株式数及びその取得原価の合計額を把握しなければならないが、原告は、係争年以前から株式取引を行っているため、原告について右保有株式数及び取得原価の合計額を把握するためには、銘柄ごとに、その取引開始時まで遡る必要がある。
しかし、被告は、原告の株式の現物取引全部について直接的な資料や証拠を収集できないうえ、原告の取引開始時から被告による調査までに相当の日時が経過しており、調査自体も著しく困難である。そこで、被告は、入手し得た資料に即し、必要に応じ推計せざるをえない場合はこれを行って、右の数額を算出した。
すなわち、東京建物、東京電力、関西電力及び東北電力については、前記山和証券の顧客勘定元帳(昭和四八年一〇月一日以降のもの)によれば、右の日以降のある一定期間(その期間の終期を「基準日」という)に原告が売却した株式の総数より、その期間に原告が購入した株式の総数の方が少ないという結果になる。現物取引においてこのように売却超過となることは理論上ありえないから、原告は、これら銘柄については、昭和四八年一〇月一日以前においても取引を行っていたと考えられる。そこで、同日における右の各銘柄の保有株式数及び取得原価を別表3記載のとおり推計し、その結果により原告の株式現物取引による所得金額を算出した。その推計の方法は次のとおりである。
(一) 東京建物については、基準日(同表の「基準日」欄に記載のとおり昭和六〇年六月二五日)当時における保有株式数は、同表<1>「基準日における保有株式数」欄記載のとおり三万九二四四株である(同欄のかっこ内は、これを認定した書証である。以下も同様である)が、昭和四八年一〇月一日以降右基準日までの間の売却超過株式数は、同表<2>「48・10・1以降基準日までの売却超過株式数」欄記載のとおり一万九一五〇株であり、この間に同表<3>「48・10・1以降基準日までの無償増資株式数」欄に記載のとおり増資を原因として合計八二三二株が取得され、これは顧客勘定元帳に記載がない。したがって、原告が昭和四八年九月三〇日において保有していたと推認できる株式数は、右<1>の株式数に右<2>の株式数を加え、これから右<3>の株式数を控除したものと推認され、これが同表<4>「48・9・30時点の保有株式数」欄に記載の五万〇一六二株である。
原告は、本訴において、東京建物株を昭和四二年一一月頃に取得したことを自認しているから、取得開始時を右の時とし(同表「取得開始時」欄記載のとおり)、昭和四八年九月三〇日までの右株式の取得単価を昭和四二年一一月から昭和四八年九月の間の東京証券取引所における月中終値の平均である二五〇円二六銭(同表「取得開始月から48・9月までの月中終値平均値」欄記載のとおり)を取得原価と推計した。
(二) その余の銘柄についても同様に同表記載のとおり推計した(これらについては、基準日までの間に東京建物株にあった<3>の増資株の取得はなかった。また、原告は、これらについては、本訴において、昭和三七年以降に取得したことを自認している)。
右取得原価の算定については、原告の現物取引による売買回数が約三四〇〇回と極めて多いため、コンピューターの現物取引の所得金額計算システムによって行った(端数処理は小数点第三位以下を切捨て)。
5 原告の妻等家族名義での株式の現物取引による売買損益の原告への帰属
(一) 原告は、昭和三六年六月にトシと結婚して間もなく、勤務先に近い山和証券にトシ名義の株式取引口座を開設し、以後同口座を通じて株式取引を継続していた。
本件更正の対象とする株式の現物取引による売買は、大半がトシ名義の右口座を通じて行われているが、その外に、新日本証券のトシ名義口座及び原告名義口座(以下、これら三つの口座を「本件口座」という)を通じて行われた株式の現物による取引並びに本件口座を通さずに行われた増資による株式取得及びその譲渡を対象がある。これら係争年に現物取引により売買された株式には、原告の外に、トシを始めとする原告の家族名義のものが多数含まれているが、これらの株式の売買による損益は、次のとおりの株式売買の状況からすれば原告に帰属するものと認められる。
(二) 株式売買の状況
原告は、トシと結婚後間もなくから、自らの判断により、自らが証券会社を指図して、自己及びトシ名義の取引口座により株式の現物取引による売買を行っていたものである。トシは、専業主婦であって固有の収入を持たず、株式取引の資金は、原告の給与、賞与、退職金等原告の資金によって賄われていた。
(三) 現物株式の取引状況と株式名義書換え状況
原告は株式の信用取引による損益は自己に帰属することを自認するところ、係争年に現物取引により売買された原告及び家族の名義の株式は、信用取引の決済として現物引受け(現引き)の方法で取得されたものが殆どである。しかも、現引きした株式を誰の名義にするかという点についても、原告が自由に決定し、妻トシ名義の株式を子供名義に書き換えるなどしており、特定の家族の出捐に対して相応の株式を与えるという関係には全く立っていない。
したがって、信用取引の決済によって取得された現物株式の売買の経済的効果は原告に帰属すべきというべきである。
(四) 株式購入資金及び株式売却代金の出入金状況
係争年の株式の現物取引による売買の大半が行われた山和証券のトシ名義の取引口座への昭和五八年以降同六三年末までの大口の入金は、三菱銀行亀戸支店及び自由が丘支店の原告名義の預金口座から行われたものが大部分を占めており、その原資は、原告の東京工業大学からの退職金(その額は三三〇〇万円余り)や原告の日本証券金融株式会社からの借入金(その借入元本は四九〇〇万円)等である。右取引口座へのその外の入金には、トシ名義の銀行預金口座や俊正及び玲子名義の銀行口座からのものがあるが、家族名義の資金が渾然一体となって右取引口座で株式取引に使用されている。また、右取引口座からの出金も、原告の銀行預金口座へ振り込まれたり、原告の信用取引の委託保証金に充てられたり、原告とトシとの共有名義の別紙物件目録記載一及び二の不動産の購入資金に充てられたりしている。
このように、右取引口座での家族名義の資金運用は、名義人ごとに区分して管理されていない状態にあり、原告がそれら資金を自由に運用し使用していたのである。
しかも、日本証券金融株式会社からの右四九〇〇万円の借入金の弁済資金の一部には、原告の関西電力株一九〇〇株の外、正人、敦子、真理子及び京次名義の関西電力株二一〇〇株の売却代金を充てているのである。そして、それら関西電力株の売却が行われたのは、平成二年一〇月であり、敦子と正人が離婚した後なのであるから、原告は、家族名義の株式を自己の用途に自由に処分しえる立場にあった。
(五) トシの特有財産の使途
原告は、トシ名義の株式の購入資金として、原告とトシの結婚の際のトシの持参金を使用したと主張し、トシには、他に実父の遺産三六〇万円があると主張するが、これらの財産がトシに帰属していることを証明する証拠は、原告の陳述以外にはないし、仮にこれがあったとしても、トシは、原告と結婚後、次のとおり不動産を購入しているから、その資金の出所が明らかにならない限り、持参金や遺産などはその購入資金に充てられたものと推認すべきであり、トシの右の財産は、これらの不動産に化体したものとみるべきである。したがって、本件におけるトシ名義の株式は、原告がその名義を借りているに過ぎず、その実態は原告所有の株式である。
(1) トシは、昭和四七年六月一日千葉県安房郡鋸南町役場から別紙物件目録記載三の宅地を代金四七五万二〇〇〇円で買い受け、同土地上に建物を約三〇〇万円で建築し、それらを所有した。
(2) 原告及びトシは、昭和五七年八月二日住宅都市整備公団から同目録記載の二の建物を代金四六一八万五二〇〇円、原告共有持分一〇分の七、トシ共有持分一〇分の三で買い受けた(原告は、右トシの実父からの遺産のうち二〇〇万円をこれに充当した旨主張している)。
(3) 原告及びトシは、昭和六三年一二月九日付けの契約により同目録記載一の建物を代金九八〇万円、原告共有持分一〇分の六、トシ共有持分一〇分の四で買い受けた。
(六) 確定申告の状況
トシは、山和証券の自己名義の取引口座を有するものであるが、係争年の株式の譲渡所得につき一度も確定申告をしていない。他方、原告は、係争年の確定申告においてトシを配偶者控除の対象としている。また、原告は、本件処分に対する異議申立て及び審査請求の段階では、トシ名義の取引口座における株式売買の損益がトシに帰属する旨の主張を全くしていない。原告自身がこれら損益が自己に帰属することを認識していたのである。
(七) 以上のとおり、本件口座による株式の現物取引による売買の損益、本件口座外におけるトシ等家族名義の株式売買の損益は、いずれも原告に帰属するものと認められる。
6 過少申告加算税の賦課決定
被告は、係争年分につき、国税通則法(ただし、昭和六〇年分及び六一年分については、昭和六二年法律第九六号による改正前の同法であり、昭和六二年分については昭和六三年法律第一〇八号による改正前の同法である)の規定に基づき、本件更正によって新たに納付すべき税額(ただし、昭和六三年分については、平成元年六月二七日付減額更正後のものであり、各年分とも同法一一八条三項により一万円未満の端数切捨て後の額)に対し、同法六五条一項の規定に基づき、昭和六〇年分及び昭和六一年分についてはそれぞれ一〇〇分の五の、昭和六二年分及び昭和六三年分についてはそれぞれ一〇〇分の一〇を乗じた額に、同条二項の規定に基づき、本件更正によって新たに納付すべき税額のうち五〇万円を超える部分に相当する税額にそれぞれ一〇〇分の五を乗じて計算した額を加算した金額を、過少申告加算税として賦課決定した。
7 結論
よって、本件処分はいずれも適法である。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 同2の事実中、別表1の6の<1>ないし<3>、<4>ア及びイの事実並びに原告が信用取引を山和証券に開設された妻トシの名義の取引口座を使用して行っていたことは認め、同表の6の<4>ウは否認する。
多数回にわたり株式を購入しこれを譲渡したことによって得られる所得は、年間平均売却株価と年間平均取得株価との差に、売買株数を乗じることによって算定するのが最も合理的である。総平均法で取得原価を算出して株式の譲渡所得を算出する場合には、株価急騰時や株価暴落時に架空の損益が計上される結果となり、事実の損益計算とは無関係な数値が所得となってしまうという不合理な結果となる。
また、株式売買は、現金持込みによる株式買付けによって始まり、その後の現物株の売却、買付け及び現引代金、信用取引の損金及び益金、信用配当金、現金持込み及び持出し、名義書換料などの出入りを通じて、前年度末の繰越資産と当該年度末の資産の増減(損益)が判明する。株式取引に対する課税は、このような損益に対するものでなければならない。総平均法は、このような株式取引の実質を無視し、実質利益が生じていないのに譲渡所得を発生させる計算方法である。例えば、現物株式売却と同時に信用取引の買建てをし、この信用買建てを現引きすれば、前後を通じて保有株の変動はない。しかし、総平均法によれば、経済的利益にならないこのような取引にも利益が計上されることになる。このような不合理な計算方法を定める法の規定は個人の財産権を保障した日本国憲法二九条に違反し、これによって課税することは国民の生存権を保障した同法二五条に違反するものとしていずれも無効である。
3 同3の事実中、原告は、名義を別として、山和証券及び新日本証券と取引をしており、その各顧客勘定元帳にその取引の記載があること、右に記載のある取引の外に被告主張の名義によって有償又は無償の増資による株式の割当てを受けていることは認め、取得原価の計算は争う。
4 同4の事実中、被告主張の四銘柄について昭和四八年一〇月以前から取引をしていることは認め、推計方法は争い、その結果認定された株数は否認する。総平均法による株式取得原価の認定は前記のとおり違憲無効である。また、平均原価は、取引の最初からの顧客勘定元帳がなければ算出できないのであって、東証の平均株価から取得原価を推計する方法は合理性に欠けるものである。
5(一) 同5(一)の事実中、原告名義以外の名義によって行われた現物取引による株式売買の損益が原告に帰属するとの事実を否認し、その余は認める。現物株式の帰属は株式の名義の書換えによって確定するのであり、原告の家族である者の名義の書き換えられた株式は当該名義人である者に帰属することになる。これが後日原告を通じて売買されたとしても、その売買損益は、当該名義人である者に帰属するのであって、原告に帰属するのではない。したがって、家族である者の名義の株式の現物取引による売買を含め、原告が行った株式売買の損益の全部が原告に帰属するものではない。
(二) 同5(二)の事実は否認する。トシには若くして病死した夫があり、トシは、原告と再婚した昭和三六年当時、先夫の遺産などを含め約二〇〇万円の持参金を有していた。原告は、トシの持参金を有利に運用するために、トシのために株式取引を行ったのであり、そのために、勤務先に近い山和証券にトシ名義の口座を設けたのである。さらに、トシは、昭和五七年一月、実父の遺産分割により三六〇万円を取得し、これも財産の取得に使用されている。右のとおり、右取引口座での売買は、実質上トシの資金で行われたものである。
(三) 同5(三)の事実中、信用取引の決済(現引き)によって取得された現物株式の売買の経済的効果が原告に帰属するとの事実を否認し、その余の事実は認める。
(四) 同5(四)の事実中、家族名義の資金が渾然一体となって使用されているとの点、家族名義の資金運用が名義人ごとに区分して管理されていないとの点及び原告が家族名義の株式を自己の用途に自由に処分しうる立場にあったとの点を否認し、その余は認める。
(五) 同5(五)の事実中、原告が被告主張のような主張をしていること、トシが(1)ないし(3)のとおりの不動産を取得していることは認め、その余は否認する。
(六) 同5(六)の事実中、原告がトシ名義の取引口座を使用して行った株式売買の損益が自己に帰属することを認識していたとの事実を否認し、その余は認める。
第三証拠<省略>
理由
一 請求原因1の事実、抗弁1の事実並びに同2の事実中、別表1の6の<1>ないし<3>、<4>ア及びイの事実、原告が信用取引を山和証券に開設された妻トシの名義を使用して行っていたことは、当事者間に争いがない。
二 被告は、トシ、玲子、真理子、敦子、京次、俊正及び正人等家族名義の株式の現物取引による売買の損益が原告に帰属する旨主張する。
よって判断するに、右争いのない事実に成立に争いのない別表4記載の書証、甲第八号証、乙第一三ないし第一五号証、第三八ないし第四五号証及び第四九号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第一三、第三一号証並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
1 原告が昭和三六年六月にトシと結婚した際、トシには二〇〇万円程度の持参金があったので、原告は、これによって東京電力などの電力会社その他基幹産業の株式を購入することとした。これらの株式は、原告の勤務先に近い山和証券にトシの名義の預かり口座を設けてトシ名義で取得された。しかし、その後、右の持参金によって取得された株式は、トシの特有財産として、その売買による損益を原告の収入によって行われた他の株式の取引と明確に区別して運用され管理される取扱いがされることはなかった。
2 原告は、昭和三七年以降、自己に支給された賞与等を資金として、トシ名義の口座を利用して株式の取引を始め、昭和三九年五月には、同様にトシ名義の信用取引口座を開設して株式の取引を行うようになった。原告は、新日本証券にも、原告名義及びトシ名義の取引口座を開設したが、昭和六四年一月に山和証券に原告名義の取引口座を設けるまでの間、大部分の取引を山和証券のトシ名義の口座を利用して行った。もっとも、トシは専業主婦であり独自の収入を有していなかったから、昭和三七年以降の株式取引は全部原告の収入、すなわち、原告の給与、賞与、退職金又は借入金で賄われており、右信用取引口座の開設手続を始め、証券会社への株式の売買の指図、口座への入金や出金手続などは、すべて原告の判断により原告自身の手によって行われていた。
3 本件更正の対象となった現物の株式は、本件口座を通じて行われた信用取引における現引きによって取得されたものであるが、原告は、信託銀行を通じて、取得した株式の名義を自己や家族名義に分散して書き換えていた。しかしながら、昭和三七年以降の株式取引資金の供給者は原告しかなく、トシやその他の家族が拠出した株式取引の資金の代償として原告が当該資金に見合う株式を資金拠出者に割り当てるという名義書換えが行われたわけではなく、どのように名義書換えを行うかは、原告の一存で決定されていた。また、一旦家族名義で株式が取得されても、これがその名義人である者によって管理されていたわけではなく、名義人ごとにその者の資産として他と区別して管理されていたわけでもなかった。すなわち、株式の家族間での名義の移動も行われたし、原告は、これら家族名義の株式を自由に売却したり、信用取引の保証として提供したり、売却代金を原告の借入金の弁済に充てたりしていた。敦子名義で取得された株式も、同女に与えられたわけではなく、同女が昭和六三年一〇月に正人と離婚した後、原告において自由に処分していた。
4 トシは、昭和四七年六月、代金四七五万二〇〇〇円で、別紙物件目録記載三の土地を自己の名義で取得し、翌年、その地上に代金約三〇〇万円で建物を建築した。この土地建物代金は、山和証券を通じての株式の売買によって得られた収入によって賄われた。原告とトシは、昭和五七年八月、代金二七四〇万円で、原告の共有持分一〇分の七、トシの共有持分一〇分の三の割合にて(共有割合に応じてトシの負担すべき代金は八〇〇万円余りとなる)、別紙物件目録記載二の不動産を購入した。トシは、昭和五七年一月、実父の父の遺産分割により現金三六〇万円を取得したが、そのうち二〇〇万円を右不動産の住宅ローンの繰上げ弁済に使用した。なお、右不動産の住宅ローンは、昭和六三年三月一四日までに、山和証券での株式売却代金等によって全額繰上げ弁済が行われた。
さらに、原告とトシは、昭和六一年一二月、代金五九八〇万円で、原告の共有持分一〇分の六、トシの共有持分一〇分の四の割合にて(共有割合に応じてトシの負担すべき代金は二四〇〇万円足らずとなる)、別紙物件目録記載一の不動産を購入した。その代金支払のために、昭和六三年までにトシ名義の東京建物の株式一万一〇〇〇株が売却されている。なお、昭和六三年一二月三一日時点におけるトシ名義の株式の時価総額は、同月の東証平均株価によれば三三〇〇万円余りであった。
5 原告は、昭和三九年五月に山和証券のトシ名義の取引口座を開設して以降、極めて多数回かつ多額の株式取引を行ったが、係争年分を含め、原告名義でも家族名義でも一度も株式譲渡所得の申告をしていない。また、原告は、係争年分の確定申告において、トシを配偶者控除の対象としていた。
三1 前記の争いのない事実及び右認定事実に照らせば、本件更正の対象となった原告及び家族名義の現物株式は、原告の収入によって取得されたものであり、かつ、原告によって支配、管理が行われていたものと認められるから、その売買による損益も原告に帰属するものといわなければならない。
2 原告は、家族名義で取得された株式は原告の資産ではなく、その売買の損益も原告に帰属するものではないと主張する。しかしながら、他人の名義を使用して経済活動を行うことは常に見られるところであって、このような場合に資産や財貨の帰属はその実質的な主体が誰であるかによって決定されるのであり、名義人が誰であるのかのみによって決定される訳ではないことはいうまでもない。殊に、現物株式の場合には、株主権行使の必要がなければ名義の書換えが全く行われないまま転々と受渡しが行われることも多いうえ、不動産のように名義が直接に課税に結び付くものでもないから、名義移動の有無は、権利の帰属を判断する際に特段に重要な要素となるともいえないのである。現物株式の帰属の問題は、他人名義が使用された経過その他諸般の事情を斟酌し、誰が資産財貨の取得のために出捐したのか、誰が資産財貨に対する管理処分を行い、誰が資産財貨から得られる利益を享受しているかという観点から判断すべきである。
そして、本件の場合、昭和三七年以降の新規の株式取引は原告の収入のみによって行われたこと、原告が家族名義の現物株式を自由に管理処分し、自己の判断でその売却代金を使用していたこと、株式取得資金や売却代金の管理が家族名義ごとに区分して行われておらず、家族名義の株式譲渡所得の申告も行われなかったことが認められるのであるから、家族名義の株式は原告の保有する株式であり、それらの取引は原告に経済的効果が帰属するものとして行われたとみるべきである。そして、所得税は、実質的な経済的利益の帰属するところに担税力を認めて課税されるものであるから(所得税法一二条)、家族名義の株式を含め、原告の行った株式の現物取引による売買の損益が原告に帰属することを前提として行われた本件更正は、所得の帰属の認定について誤りはないこととなる。
3 なお、トシは、昭和三六年の原告との結婚時、約二〇〇万円の持参金を保有しており、これによりトシ名義の株式が取得されたものであるが、前記のとおり、トシの右持参金は、トシの特有財産として、原告の収入による株式投資とは別個に管理運用されることがなかったのである。しかも、別表2の現物株式売買は、原告が昭和三九年に信用取引を開始した後に信用取引の決済によって取得した株式の売買なのである。したがって、本件更正の認定の基礎となった株式の現物取引による売買のうちトシ名義のものが、トシの右特有財産によってもたらされたものとするのは困難である。
また、昭和五七年一月に取得した三六〇万円の遺産分割金については、そのうち二〇〇万円が別紙物件目録記載二の不動産共有持分の取得に用いられたのであり、その余の部分の使途は必ずしも明らかではない。
トシは、昭和四七年及び四八年には、別紙物件目録記載三の土地及びその地上建物の全部を自己の固有財産として取得し、その後、同目録記載一及び二の不動産共有持分を自己の固有財産として取得したものと認められるが、これ以外の多額(昭和六三年末の段階で三〇〇〇万円以上)の株式財産がトシの特有財産に由来するものということはできない。要するに、トシの右特有財産の存在は、株式の現物取引による売買の所得の帰属の判断を左右するものとはいえない。
四 前記別表4に記載の書証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、右所得金額の算定のために、山和証券及び新日本証券の各顧客勘定元帳の記載によって、各現物取引にかかる株式の銘柄ごとにその購入された金額及び売却された金額を認定したこと、原告は、右顧客勘定元帳に記載のある取引の外に、別表4の「顧客勘定元帳に記載のない株式の移動に関する書証」欄に記載のある銘柄につき、原告、トシ、玲子、真理子、京次、俊正又は正人のいずれかの名義によって、増資による有償又は無償による株式の割当てを受け、その一部は買収請求によってこれを譲渡し、一部は買収請求を行わずこれを保持したこと、被告は、これらの取引を各銘柄ごとに整理して乙第一九号証(株式取引の明細書その一)を作成したこと、顧客勘定元帳に記載された各銘柄ごとの各係争年の売却金額に、右増資によって割当てを受けた株式のうち各係争年に売却したものの売却金額を合計すると、別表2の各銘柄ごとの各係争年の「収入」欄に記載の金額となることが認められる(その計算過程を明らかにするためには乙第一九号証の内容を掲げる必要があるが、内容が膨大であるため省略せざるを得ない)。
五1 次に、所得税法施行令一一八条の定めるところにより、総平均法によって、右各銘柄の取得原価を算定するためには、それぞれについて売却直前の保有株式総数及びその取得価額の合計額を把握しなければならない。原告は、係争年以前から株式取引を行っているため、原告について右保有株式総数及び取得価額の合計額を把握するためには、銘柄ごとに、その取引開始時まで遡る必要が生じる。しかし、弁論の全趣旨によれば、本件口座の顧客勘定元帳は、昭和四八年一〇月一日以降のものしか保存されておらず、それ以前の株式取引について、原告も正確な資料を所持している訳ではなく、他にこれを認めるべき証拠のないことが認められる(もっとも、原本の存在と成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、山和証券から原告に昭和四八年七月から九月までの顧客勘定元帳の写しが送付されたことが認められるが、被告は、これを用いても株式売買による所得が本件更正の課税価格を下回ることはないためこれを資料としなかったと主張しており、甲第七号証によれば、右元帳の写しの記載によって、被告の課税根拠に関する主張に影響が及ぶものではないことが窺われるから、右写しの存在は、以下の判断に影響を及ぼすものではない)。
2 被告が入手しえた別表3のかっこ内に記載の書証(いずれも成立に争いがない)によれば、昭和四八年一〇月1日以降同表「基準日」欄記載の基準日までの間の同表記載の銘柄の売却株数は、同期間中の購入株数よりも同表<2>「48・10・1以降基準日までの売却超過株式数」欄に記載の株数だけ多くなって不合理な結果となることが明らかである。したがって、右各銘柄の昭和四八年九月三〇日以前の時点における保有株式数は、これを合理的に推認すれば、右の超過株式数を基準日における保有株式数に加えた数(東京建物については、これから同期間中の増資による取得株数―同表<3>「48・10・1以降基準日までの無償増資株式数」欄に記載の八二三二株―を差し引く)、すなわち同表<4>「48・9・30時点の保有株式数」欄に記載の数と認められる。
これらの株式については、右のとおり、取得時期や取得原価を直接的な資料によって認定することができない以上、総平均法によって必要経費を算出するために合理的な方法による推計が不可欠であって、このような課税標準の認定は、所得税法一五六条の認めるところである。そして、本件において原告の自認するところによれば、原告は、東京建物については昭和四二年一一月ころ以降、東京電力、関西電力及び東北電力については昭和三七年以降株式の取得を始めたものと認められる。したがって、東京建物につき昭和四二年一一月から、東京電力、関西電力及び東北電力につき昭和三七年一月から昭和四八年九月までの間の、東京証券取引所における月中終値の平均値(成立に争いのない乙第二六号証によれば、その数値は、別表3の「所得開始月から48・9月までの月中終値平均値」欄に記載したとおりである)を用いて、昭和四八年九月三〇日以前に取得された株式の取得原価を推計する方法には、合理性がある。
よって、被告の行った右別表3に記載の各銘柄の株式の昭和四八年九月三〇日時点における取得原価の認定に誤りはない。
3 前記別表4記載の書証及び弁論の全趣旨によれば、被告は、別表3記載の四銘柄については右の推計を前提として乙第一九号証に基づき、その余の銘柄については乙第一九号証に基づき、総平均法により、各銘柄ごとに売却の都度の売却株式の取得原価を算定し、これによって売却損益を算定して、その結果を乙第二〇号証(株式取引の明細書二)に記載したこと、右算定には、各銘柄の売却の都度における平均原価を算出するという膨大な計算を必要とするところ、原告の現物取引による売買回数は約三四〇〇回と極めて多いため、被告は、この計算を人力によってすることが困難であるとして、コンピューターの現物取引の所得金額計算システムにより、小数点第三位以下の端数を切り捨て、これを行ったことが認められ、乙第二〇号証の記載によれば、各係争年に売却した各銘柄ごとの株式の取得価額の総額は、別表2の各銘柄ごとの各係争年の「原価」欄に記載の金額となることが認められる(その計算過程を明らかにするためには乙第二〇号証の内容を掲げる必要があるが、内容が膨大であるため省略せざるを得ない。また、コンピューターの入力による計算の正確性については事柄の性質上これを信頼するものとする)。
六 平成元年三月三一日以前(昭和六三年法律第一〇九号による改正後の所得税法の適用以前)に行われた株式の譲渡所得は原則として非課税とされていたが、年間の売買回数が五〇回以上(昭和六三年分については三〇回以上)で、かつ、売買株数(額面金額が五〇円でないものは額面金額五〇円に換算される)が二〇万株以上(昭和六三年分については一二万株以上)の継続的取引から生じる譲渡所得については、事業所得又は雑所得として課税対象とされている。前掲の書証によれば、原告が係争年度に行った株式の信用取引及び現物取引の回数及び株数は、いずれも、右非課税枠を超えることが明らかであり、これによって生じた株式の譲渡所得は原告の雑所得として課税の対象となる。そして、雑所得の額を算定するうえでの必要経費たる株式取得費の算出には、右のとおり総平均法が適用されるから、前記認定の原告の係争年分の雑所得たる株式の現物取引による売却益は、別表1の6の<4>ウ欄に記載のとおりとなる。同表の6<1>ないし<3>並びに<4>ア及びイについては、前記のとおり当事者間に争いがないから、本件更正には、原告の係争年分の所得を過大に認定した違法はないことになり、これを前提とする過少申告加算税賦課決定も国税通則法に定められた税率を乗じてした適法な処分と認められる。
七 原告は、二回以上にわたって取得した同一銘柄の有価証券について雑所得となる譲渡所得を計算する際に、必要経費の額の算出を総平均法に準ずる方法によって行うものとする所得税法施行令一一八条の定めが違憲無効であると主張する。しかし、時点を異にして別々の価額で購入された同一銘柄の株式のうちの一部を売却する場合、所得の計算上必要経費に算入する当該株式の取得原価として、どのようなものを採用すべきかは困難な問題であり、売却直前に保有していた右銘柄の株式を取得した価額の総平均の値を取得原価として採用するのも一つの合理的な方法であって、これが不合理でありそのような定めが個人の財産的権利を侵害するとの原告の主張は当たらない。
もちろん、必要経費を算出する手段として総平均法以外のものも考えられないではないが、いずれを採用するかは立法政策の問題であり、違憲の問題が生じない限り、裁判所が立ち入るところではない。そして、同令の総平均法に関する定めが合理性を有し、何ら憲法に違反するものでないことは、右に検討したとおりである。よって、原告の右主張を採用することはできない。
八 以上の次第で、本件処分は適法であり、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中込秀樹 橋詰均 武田美和子)
別表1ないし4、別紙家族関係図及び別紙物件目録<省略>